クルーのお仕事 by バックパッカーになれなくてでタグ「客室乗務員」が付けられているもの

サバイバル訓練、続く

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スライディング

訓練中は座学のほかにも実技もあり、その中で私にとっての難関は「スライディング」でした。「スライディング」とは非常時にドアから出てくる「滑り台」のようなもののことです。飛行機に乗ると必ずシートポケットに搭載されている「安全のしおり」に載っているあれです。

訓練上にはB747のモックアップがあり、そこからスライドが出ているのですが、下から見るとたいした高さじゃないと思っていたのに、初めてドアから下を見たときには思っていたよりも高く、滑るのに勇気が要りました。

"Jump and slide, two at a time!" (二人ずつ、ジャンプして滑れ!)という掛け声と共に、機体から飛び出しするりと滑るのがコツなのですが、最初は一歩目のジャンプがなかなかできずにいました。

でも教官に「前のインダクションのシンガポール人は他の成績は良かったけれど、これを滑れなかったから訓練をパスできず国に帰さざるを得なかった」 と言われたので、こんなことくらいでいまさら日本に帰されても困るな、と思い、思い切って滑り出してみました。

非常訓練中は何度も練習しましたが、一度滑り出すと楽しくて、恐さはまったくなくなりました。物事って意外とそんなものなのかも知れません。

 

火を消し、水へ飛び込み

飛行機の中で火事が起こったら、という訓練も何度かしました。実際、湿度が低い機内ではちょっとしたことが大きなことになりかねないからです。実際に、消火器を持って燃える火を消す訓練もしました。

それにディッチングといわれる着水時の訓練。

当時カイタック空港そばのC社の屋上にあったプールに非常用ボートを広げ、プールに飛び込みます。そしてそのボート目指して泳いで這い上がるということをしました。

次に、足がつかないプールで25メートル泳ぎきることとか、水に浮かんでいる人(一応救命胴衣を着けている状態で)を引っ張ってボートに上げること、、、などなど。コックピットクルーも一緒になって水の中でもがく訓練は、まさに「サバイバル」でした。

 

生き抜くためのシミュレーション

訓練ではこんなシミュレーションゲームもしました。

飛行機が海に不時着してしまいます。助けはなかなかきません。ボートではあなたがリーダーです。20人の乗客をまとめなくては行けません。但し食料はこのガムと水だけです。海水を蒸留用する薬品もあります。では飲み水はどうする?という質問に対する答えとして。

人間は最初の24時間は何も飲まなくても大丈夫だから2日目以降まで水は飲ませないように、とか乗客の中からあなたのアシスタントを見つけること、とか。

他には機内サービス用に搭載しているウォッカは消毒液としても代用できる、とか言った事を学びました。

また、無人島に何を持っていくか?というクイズもやりました。水とか、アルコールとか、そういったもののなかからどれを持っていく、というのを選んでいくのですが、その選択結果によってあなたはどれくらい生きられる、という診断(あくまでクイズだけれど)が出てきました。

まさに、サバイバル訓練。

いかに自分の身を守るか、長く生きるか、周囲をチームとしてまとめるか、「スチュワーデス」というときれいにお化粧して飲み物や食べものをにこやかにサーブして、というだけのイメージだったのですが、実際は「緊急要員」であるということがつくづく分かりました。

基本は「まずは自分の身を守ること。自分の身が守れないと他人の命も守れない」ということでした。

 

平熱37度!?

緊急訓練時に習ったことのひとつで、未だに納得がいかないのが平熱の温度です。

最初に出てきた恐いインストラクターが「人間の平熱は37度です」 断言したときのこと。日本では37度以上だと「微熱」だよな、と思っていた私たち日本人訓練生の中の一人が「37度は平熱ではないのでは?日本では37度だと微熱に分類されるんですけど。平熱は36度前後です」 と発言すると、そのインストラクター、「1度くらいの違いが大きいか?」と言い「何を細かいことを言っているのだ」という感じで一蹴され、そのまま授業が進められました。

でもやっぱり、37度は微熱のはず。なのですが、実際香港のクリニックにかかって「私37度もあるんです。だからフライト休ませて」 と言っても「37度くらいは熱じゃないから大丈夫」と言われたり、日本人以外の乗客はみんな暑がりだったり、という経験をするととやっぱり香港では37度は熱ではないらしい、と思えてきました。

香港出発前の準備

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香港出発前に、C社から「入社前のお勉強キット」ともいうべきセットが送られてきました。A4の冊子が5冊くらい入っていて、その中には香港の生活習慣や気候、客室乗務員の仕事などについて書かれていました。当時は今ほどインターネットも普及していなく、自宅にネットがなかったので、事前準備といってもそれらの冊子と「地球の歩き方」の香港編を読むくらいのことしかしませんでした。

大学を卒業したばかりということもあり、学生気分の延長で「外国で暮らせるし、旅行もできるし、楽しみだな」と楽観的に捉えていたので、先のことなんてほとんど何も考えていませんでした。きっと今だったら「香港の住環境は?とか保険は?年金は?物価は?医療は?」とか色んなことを考えてサーチしているに違いありません。

荷物も、スーツケースひとつにジーパン一本にTシャツ数枚、後は下着類を入れたくらいで、1週間程度の旅行に行くときのようなものしかパッキングしませんでした。

そして所持金。採用後のブリーフィングで東京支社の方がおっしゃっていた「8万円くらいあれば十分です」という言葉を鵜呑みにして、ほんとに8万円しか用意しませんでした。この金額では後々苦しい思いをすることになるのですが...。

半年間は日本に帰れないというのに、なんだかとっても身軽で気軽な旅立ちでした。

外資系、しかも海外ベースで外国人と一緒に働くスチュワーデス(客室乗務員)だったら英語はネイティブ並に話せて当然、と世間の人は思うかも知れませんし、私自身「そうなのだろうな」と思っていましたが、実際はそうでもありませんでした。

とはいえ、採用試験は書類審査から面接や会場での案内まで全て英語ですし、渡される書類も英語だったりするので、「英語なんてまったくできません」という人には厳しいと思います。でもある程度相手の言っていることが分かって、自分の言いたいこともなんとか言えるレベルくらいの人で、客室乗務員としての資質があればなんとか受かっていたようです。

当時C社は英語力が足りない採用者達のためにイギリスでの英語研修、というプログラムを用意していて、対象者は訓練が始まる前にイギリスでみっちり英語の勉強をさせられていたようです。その後は会社負担ではなく、自己負担制になったようですがC社に関して言えば「英語はいまいち」でも適性があれば採用する方針だったようです。逆に英語がすごくできても客室乗務員としての資質がなければ落とされる、ということです。当たり前といえば当たり前ですが...。

とはいえ、留学経験者が多いのも事実。
一緒に入社したクラスメートを見渡すと、9割が1年程度の留学経験者でした。訓練中は朝から晩までなじみのない航空英語に触れるわけですし、実際の乗務を始めても英語がツールになるので英語はできるに越したことはないということです。

具体的な数値で言うと、TOEICでいうと800点以上程度の英語レベルがないと入社してからが厳しいかも知れないと思います。でもこの数値も絶対的ではなくて、私自身はアメリカに8ヶ月間交換留学をしていたので日常生活するには不自由しないレベル(TOEICは大学4年当時で947点)だったのですが、それでも訓練で教えられることをすぐに理解して行動したり、表現したりするのは大変でした。

要は学校的尺度の英語力よりはブロークンでも自分のペースに周りを巻き込る力の方が重要なのだと思います。だから「ネイティブ並」の綺麗な発音でスマートにしゃべる人、というのは意外と少なく、C社スタンダードの英語(これについては別の機会で触れたいと思います)でブロークンながらも面白おかしく自分を表現する人が多い、という点で「ネイティブ並みの高度」なレベルは必須ではなかった、と言えるのです。

余談ですが、C社で2年半を過ごし、様々なアクセントの英語に触れ、常に英語のドキュメントに囲まれ、個人的にも英文雑誌や本を愛読していた成果があったのか、帰国直後に受けたTOEICで990点を取得するまでに至りました。